M&Aの相場は利益の何倍?3種類のバリュエーションと、年買法を解説
更新日:5月29日
バリュエーション(企業価値評価)とは、株式や事業などの価値を算出する手法を指します。非上場企業は株式が市場に流通していないため、市場価値を正確に知ることができません。このため、M&Aにおいては、対象会社の評価や付加価値を明確にするためにバリュエーションが重要です。
バリュエーションは複雑な手続きであるため分かりにくいと感じる方もいるでしょう。そこで、この記事ではバリュエーションの概要を説明し、個人M&Aでよく用いられる年買法(年倍法)について解説します。企業価値が利益の何倍になるか知りたい方は、ぜひ最後まで読んでみてください。
売り手と買い手の双方の立場でみるM&Aの相場
「M&A」は、「Mergers(合併) & Acquisitions(買収)」の略語で、会社・事業の売買取引などを指します。事業の拡大、新規事業進出、事業承継、イグジット戦略など、さまざまな目的のためにM&Aは活用されています。これは個人の買い手であっても同じです。
「これまでの経験とネットワークを活かして自分のビジネスを立ち上げたい」
「本業を続けながら管理できるビジネスを取得して、副業収入を得たい」
個人買い手の場合、このような目的のためにM&Aが活用されます。
M&Aは基本的には会社や事業の売買取引であり、その際には価格の目安となる相場が存在します。ただし、M&Aの相場は、例えば金の相場などとは異なり、一概に固定された数値が存在するわけではありません。まずは、M&Aにおける相場とは何かについて理解していきましょう。
相場の重要性
M&Aの相場は、M&Aの対象となる会社の評価を考慮して計算され、事業を売却したり会社を買収する際に支払う対価の目安となります。法人同士のM&Aの現場では、通常、M&A仲介会社を介して買い手と売り手が交渉を行います。
実際に支払われる金額は、相場そのものではなく、買い手と売り手が提示した見積もりを合意に達するまで調整して決定されるのが一般的です。ただし、M&Aの相場価格を把握していないと、会社や事業を相場よりも高い価格で買収する可能性があります。
そのため、M&Aを検討する際は、相場価格をしっかり理解しておくことが重要です。
買い手の相場
会社売買の相場価格は、買い手側と売り手側で多少の違いがあります。
まず、買い手側の視点で説明すると、買い手は相場価格を低く見積もる傾向があります。M&Aの相場価格は、会社の価値を考慮して算出されると説明しましたが、この価値には目に見えるものだけでなく、見えない部分も含まれます。
見えない価値に対して、買い手は慎重になるのが通常です。なぜなら、買収後には業績の低下や退職者の増加などのリスクを伴うためです。そのため、買い手の相場金額は一般的に低めに見積もられることが予想されます。
売り手の相場
M&Aにおいて、会社や事業を売却する側の相場価格について、売り手は買い手が考えている金額よりも高く見積もることが少なくありません。これは、売り手がこれまで一生懸命に成長させた会社を売却し、それに見合った売却益を期待するからです。
ただし、売り手側は自社の価値を過大評価する可能性もあり、時には現実的ではない高い金額を提示することがあります。現実と乖離した金額を提示すると、M&Aの取引が難しくなる可能性があります。
従って、事業や会社の売却を検討している場合は、M&Aの相場価格について適切に理解しておくことが重要です。
3種類のバリュエーション
以下の表は、M&Aに使われるバリュエーションの種類をまとめたものです。
メリット | デメリット | |
コストアプローチ | ・純資産を考慮することで、評価の公平性が確保される ・比較的簡単な計算が可能 | ・会社の将来的な収益を考慮していない ・価格変動を考慮していない |
マーケットアプローチ | ・実際の株価を考慮するため、客観性が高い ・直近の市場動向を反映したものになる | ・市場の変動により評価が変動する可能性がある ・類似する他の会社が存在しない場合、この手法を適用するのが難しい |
インカムアプローチ | ・将来の成長見込みやシナジー効果も考慮されている ・会社の独自の特徴や性質が評価に反映できる。 | ・会社の将来的な収益が予測できない場合には適用が難しい ・主観的な要素が影響を与えやすい。 |
M&Aのバリュエーションは、3つに大別できます。それぞれ詳細を解説します。
簿価純資産法や時価純資産法によるコストアプローチ
コストアプローチは、「純資産」を基準にして価格を算出する手法で、ストックアプローチやネットアセットアプローチとも呼ばれます。このアプローチで価格を算出する際に一般的に使用される計算方法が「時価純資産法」であり、貸借対照表の各勘定科目を簿価から時価に修正し、純資産の金額をもとに会社の譲渡対価を決めます。
市場株価法やマルチプル法によるマーケットアプローチ
マーケットアプローチは、市場価値を基に価格を計算する手法です。このアプローチで一般的に使用される計算方法が類似会社比較法(マルチプル法)です。
類似会社比較法では、まず、売り手企業と同じ業種で、同様の商品やサービスを提供し、事業規模が似ている上場企業を選び、それらの経営指標の倍率(EV/EBITDA)を計算します。経営指標の倍率(EV/EBITDA)は、企業価値が営業キャッシュフローの何倍かを示す指標です。
その後、売り手企業のEBITDAに、類似企業のEV/EBITDAの平均をかけた値から純有利子負債を差し引くと、類似会社比較法で算出される価格となります。具体的な計算式は以下の通りです。
価格=(売り手企業のEBITDA×類似企業のEV/EBITDAの平均)+(現預金-有利子負債-優先株式価値-少数株主持分)
類似会社比較法では、選ぶ企業の類似性が重要です。価格の妥当性に影響を与えるため、できるだけ多くの要素が似ている企業を選ぶようにしましょう。
配当還元法や収益還元法、DCF法によるインカムアプローチ
インカムアプローチは、「M&A後に見込まれる利益」の将来的な見通しとリスクを考慮して価格を算出する手法です。この手法で価格を算出する主な方法が「DCF(ディスカウントキャッシュフロー)法」です。ただし、個人M&AでDCF法が用いられることはほとんどないため、以下の詳細説明は飛ばしていただいても問題ありません。
DCF法では、まず、将来の見通しを考慮し、毎年予測されるフリーキャッシュフロー(FCF)と割引率を設定します。割引率は、M&Aのリスクが高い場合には高くなり、リスクが低い場合には低くなります。次に、予測されるフリーキャッシュフローを割引率を利用して割り引いて現在価値を算出し、事業価値を算出します。事業価値の計算式は以下の通りです。
事業価値 = {FCF÷(1+割引率)^1} + {FCF÷(1+割引率)^2} + {FCF÷(1+割引率)^3} + {FCF÷(1+割引率)^4} + {FCF÷(1+割引率)^5} +…
(※ ^の後の数字は、指数を表します。)
算出された事業価値から企業価値を求め、純有利子負債を引いたものが、DCF法で計算される価格です。価格の計算式は以下の通りです。
価格 =(事業価値 + 非事業用資産)-純有利子負債
年買法(年倍法)とは
上場企業は株式が証券取引所を通じて取引され、株価が明確ですが、非上場企業は株式の広範な取引が難しく、市場価値を把握しにくい状況です。そのため、非上場企業がM&Aを検討する際には、別途、企業価値を算出する必要があります。
年買法(年倍法)は、M&Aにおいて企業価値を評価する手法の1つです。この方法は比較的簡単に計算でき、直感的に理解しやすい特長があり、主に中小企業M&Aや個人M&Aで採用されています。
前述した通り、年買法(年倍法)以外にも様々な企業価値評価の手法が存在します。したがって、M&Aを検討する際には、最終的に別の手法を選択する場合もあります。その際にも、年買法(年倍法)を理解しておくことが、異なる手法を比較検討する上で有益です。
年買法(年倍法)は個人M&Aでよく使用される手法
年買法(年倍法)は、企業の価値を手軽に算出する手法の1つです。基本的には、企業の資産と収益を単純に足し合わせるだけなので、計算が直感的で理解しやすい特長があります。特に中小企業の場合、この方法が複雑な計算よりも好まれることがよくあります。ただし、年買法だけに頼るのではなく、他の計算方法と組み合わせて総合的な企業価値を評価することが重要です。
年買法(年倍法)による企業価値評価の計算方法
この章では、年買法(年倍法)のアプローチや計算手法について詳しく説明します。
のれんの評価を計算結果に反映
企業価値を純資産で評価する方法は客観的で、「だれが計算しても同じ」結果が得られるというメリットがあります。ただし、将来の収益力を考慮できないため、正確な評価が難しいことがあります。
そのため、のれんが計算に導入されます。のれんは営業権とも呼ばれ、技術やノウハウ、ブランド、人的資源などの無形資産を将来の収益力として考慮します。年買法(年倍法)はのれんを考慮できるため、純資産だけで評価するよりも、より正確に企業価値を算出できます。
コストアプローチとインカムアプローチの組み合わせ
企業価値評価には上記の通り、大まかに言って3つの方法がありますが、それぞれにはメリットとデメリットがあります。そのため、通常は1つの方法だけでなく、複数の方法を組み合わせて評価することが一般的です。
コストアプローチは企業価値を、純資産を基準にして算出する方法です。貸借対照表を元にするため客観的で信頼性がありますが、収益力を考慮できないのがデメリットです。
インカムアプローチは、将来的な収益価値を考慮した上で企業価値を計算する方法です。複数の指標を組み合わせることで、比較的適正な企業価値を導き出しやすい反面、主観的な評価になりがちなデメリットもあります。
年買法(年倍法)は、コストアプローチとインカムアプローチをバランスよく組み合わせた方法で、総合的な企業価値評価が可能とされています。
年買法(年倍法)の計算手順
年買法(年倍法)は、時価純資産に数年分の営業利益を加算して算出する手法です。通常、使われる期間は3年から5年程度が一般的です。この計算方法では、純資産価値よりも高い企業価値になります。
利益の基準としては経常利益や当期利益を使うこともあります。利益の基準によって、年買法(年倍法)で出される評価額が大きく変わるため、M&Aに関わる人々が合意できるよう慎重に決定する必要があります。計算式は以下の通りです。
企業価値 = 時価純資産 + 営業利益の3〜5年分
年買法(年倍法)が一般的になった理由
上記のように、年買法(年倍法)は計算しやすく、手軽な見積り手段として個人M&Aにおいて一般的に利用されています。年買法(年倍法)が好まれる理由には以下のものがあります。
資産、負債、および損益を総合的に評価
年買法(年倍法)においては資産負債の単なる分析にとどまらず、利益も考慮されています。企業は単なる資産と負債のまとまりではなく、むしろその中心には「収益」があり、資産負債はその収益を支えるための要素です。
年買法(年倍法)は、この収益にも焦点を当てており、時価純資産以上の理にかなった評価を可能にしています。
単純な計算手法
年買法(年倍法)の計算はDCF法や類似会社比較法に比べて非常にシンプルです。この単純な計算方法を利用すれば、前提条件が変わった場合でも、その変化の影響を容易に評価できるため、非常に利便性が高いと言えます。
直感的で理解しやすい
年買法(年倍法)が広く使われる理由の1つとして、直感的な理解しやすさが挙げられます。
物の価格は、売り手と買い手が納得した上で成り立ちます。DCF法のような難解な理論がいくら正確であっても、関係者が理解できなければ実用的ではありません。複雑な理論が理解されなければ、実際の経済取引においては役に立ちません。
年買法は、直感的で理解しやすい特徴があり、これが実際の意思決定において非常に重要な要素となっています。
年買法(年倍法)のデメリット
では、次に年買法(年倍法)のデメリットについて見ていきましょう。
理論的裏付けが乏しい
理論的な裏付けが不足しており、十分な説明力がないという点が年買法(年倍法)の主なデメリットの1つです。
年買法(年倍法)はM&Aの現場で実践的な手法として発展してきましたが、理論的な手法としての裏付けが不十分であるため、論理的な説明が難しいという特徴があります。この手法は、単純明快な計算方法である反面、理論的な基盤が不透明であるため、理論的に説明可能な手法が求められる場面では、他の評価手法が選択されることもあります。
市場環境を十分に反映できない
もう1つのデメリットとして、市場環境を十分に反映できないという点が挙げられます。
年買法(年倍法)は、基本的には対象企業の貸借対照表や損益計算書の数値を中心に評価を行います。このため、株価などの市場指標を考慮するマルチプル法とは異なり、市場環境の変動や影響を十分に反映することが難しいという特徴があります。企業の価値は市場状況にも影響を受けるため、この点が年買法(年倍法)の制約となります。
年買法(年倍法)を利用する際の留意点
M&Aの企業価値評価において年買法(年倍法)を利用するためには、売り手と買い手が企業価値の評価の基準を理解することが重要です。利益の基準や年数の設定には理論的な根拠がないため、双方がそれぞれの視点から歩み寄らなければなければ、年買法(年倍法)を用いたM&A交渉は難しくなります。
企業価値の評価において、買い手は買収後の経営に焦点を当て、一方で売り手は譲渡企業の過去の利益と実績を評価する必要があります。しかし、お互いが理解の姿勢を持てば、年買法(年倍法)を活用してM&Aを成立させることは十分可能です。
そのため、個人M&Aにおいては、初期的なバリュエーションの1つの選択肢として年買法(年倍法)を活用してほしいと思います。その上で、売り手の心情なども理解しながら、価格交渉を積み重ねましょう。
まとめ
企業価値とは、簡潔に言えば会社の評価です。M&Aにおいては、価格交渉の基準として売り手と買い手が利用します。そして、バリュエーションには大別して3つの種類があります。
バリュエーション(企業価値評価)の計算方法を詳しく理解することで、相場からかけ離れた価格で会社や事業を取得するリスクを回避できます。企業価値が利益の何倍になるかを計算する際にも、これららの手法の違いをイメージしておきましょう。
また、年買法(年倍法)は、コストアプローチとインカムアプローチを組み合わせた手法であり、理論的な裏付けが乏しいものの、個人M&Aの現場でよく使われます。本記事で紹介したメリット・デメリットを把握した上で、初期的なバリュエーションに年買法をぜひ活用してみてください。
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